会員企業訪問記

株式会社三住建設

創業から社長就任

昭和42年に父が大東市三住町の自宅にて玄関に看板を表札代わりに立てて創業。

小さな仕事をコツコツ営みながらも少しずつ仕事が増え、現住所の2軒隣りに小さな社屋を構え、その後平成22年に現在の社屋に移転。

その後、兄が後継者となるも市長選に出馬して辞任。

経理として入社していた私が立候補して三代目となりました。

私は当初バスケットボールの実業団を4年半経験して現役も引退しており、少し軽い気持ちで入社していました。
しかし、父の仕事振りや、事務員さんの知識の広さ、現場の方々の働いている姿を見て、建築業の凄さ、中小企業の凄さ、底力を見た気がしたんです。

そして、私はこの人達に育ててもらった、バスケットボールを一人で頑張ってきたつもりやったけど、この人達に支えてもらっていたんやなって気が付いたんです。

でも経営は何をやっても上手くいかず、経理と全然違って自分が思い描いていたイメージとかけ離れていた。

そして、とある現場で好きだけではどうにもならない局面が訪れ、やっぱり建築が分からん人間では社長は無理なんやと。

従業員も口々にしんどい、しんどいと口にする、社内の空気も悪くなり、もう辞めないといけないと思っていました。

 

大東市倫理法人会の会長就任

そんな時、川村幹事長から連絡があり、会長をやらないかとお声がけ頂いたんです。

それどころではなかったんですが、このままでは全然ダメな想いをずっと死ぬまで引きずってしまうと思い、このタイミングはチャンスと思い会長を受けたんです。

最初の頃は倫理でも上手くいかず、ふくれっ面やった。そんな時、杉本会員に「ちゃうで、できへんからお役が回ってきたんやで」と言われ、目から鱗で涙が出ました。

その時、社長になった7年を振り返ると過去、従業員に指摘されたことの理由が分かり、以前、父に相談したときに誰もお前が社長が出来ると思っていないと言われたことの真意が理解できたんです。

そこから、私が出来ることはあるはずや、三住建設の仕事が好きな自分に何だろう?建築の知識がなくても出来ることは?頑張ってくれている従業員がスムーズにできるには?みんながやりたいと思っている仕事はなんだろう?それは売上額ではないということに思い至りました。

倫理を経営に活かす

倫理を経営に活用

今までは従業員とちゃんとしたコミュニケーションが取れていなかったんです。そこから従業員達と色んな話をして、倫理で学んだ正対して話すことを実践しました。
今でも気を付けています。

そして経営者ってしんどくて当たり前、私が一番頑張ってると思っていたんですが、一番しんどいのは従業員だったことに気が付いたんです。

しばらくは従業員が仕事しやすいよう努めていたのですが、倫理法人会で目標達成のために「やる」と決める大切さ、「やる」と決めたらしんどいことが起こるのは当たり前、それを乗り越えた時にこそ見える世界があるんや、ということを田畑 法人スーパーバイザーの倫理指導で教えて頂きました。

「やる」と決めるとしんどいことは来るもの、やらなくてもいいと言われたが、「やる」と強く思わないと会社がうまく動かない、従業員も動けない、倫理も会社も一緒やなって。

経営者の仕事は、周りのことを考える+やるって決めること。

私が決めないと従業員は動けないと倫理で学びました。

 

今後について

私は倫理に入会していなかったら、会長をやっていなかったら、会社がどうなっていたかなと思います。

仕事中にしんどい時や落ち込むこともあるけど、「信ずれば成る」、「希望は心の太陽である」と心に浮かんでくる。毎週MSに参加しているお陰です。

会長をやっているお陰で月に何回も万人幸福の栞を読んでいるからこそ出てきて、会長をやらせてもらって何て有難いことかと思います。

今まで会長になってから猛ダッシュを続けているので、まずは会長を8月まで走り続けることです。

今は経営者としてキャッチしたかどうか見ずにボールを投げている状態で、従業員にボールを持てないくらい沢山投げていたかもしれないので、しっかり従業員と向き合って整理していきます。

材後記


事務員さんがとても丁寧で温かい対応で、階段に消費カロリーが書いてあるアイデアや、車を運転される方が安全運転を意識して貰えるように看板を設置されているなど、

心温まる会社経営をされていると実感しました。また、素晴らしいお話を拝聴させて頂きありがとうございました。

(取材・文:大阪府倫理法人会 広報副委員長 澤 利一)

 

※記事中の所属や役職およびインタビュー内容は、取材当時のものです。